好奇心で綴る歴史と人物──ときめきは、時代を超えて。
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平賀源内とはどんな人?発明も文学も美少年も愛した江戸の天才

江戸って、ちょんまげと着物のイメージでしょ?

でも実は──その時代に、科学オタクで、アートもやって、演劇も文学もこなす、やたら多才な人がいたんです。名前は、平賀源内(ひらが げんない)

林檎の園
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「エレキテルの人でしょ?」って思ったあなた、惜しい!

源内って、電気だけじゃなくて、薬草・発明・小説・絵画・演出まで手を出した、まさに江戸の“何でもやるマン”なんです。
しかも──書いた小説のジャンルがちょっとクセあり。
林檎の園
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現代で言うなら、耽美系・美少年BL要素あり(!?)な世界観まで網羅してたという噂も……。

この記事では、そんな平賀源内の魅力を、

  • なにがそんなにすごいの?
  • どんな人を推してたの?
  • どうしてそんなに破天荒なの?

……という視点で楽しく語っていきます。

ただの「江戸の発明家」じゃない。

知と美と混沌のかたまりみたいな源内ワールド、一緒にダイブしてみませんか?

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平賀源内:発明と蘭学に燃えた知の怪物

エレキテルって何? 江戸に電気ブームを起こした男

平賀源内の名を聞いて、多くの人が思い出すのは「エレキテル」。 これ、要するに西洋から来た静電気を起こす実験装置なんです。

エレキテルMomotarou2012, CC BY-SA 3.0, ウィキメディア・コモンズ経由で

源内はオランダ語の本から仕組みを読み取り、壊れたエレキテルを自力で復元。

江戸の人々に「ビリッ!」という不思議な現象を初めて見せて、大人気になりました。 まさに、江戸に電気のおもしろさを伝えた先駆者です。

電気だけじゃない!科学オタク全開の挑戦

  • 火浣布(かかんぷ):石綿で作った、火を通さない布を開発。汚れが燃えても布は無傷!
  • 温度計:ガラス管と薬品を使い、熱さ寒さを測る装置を作った
  • 鉱山や陶器の研究も熱心に実施
  • 薬草や植物を集めた展覧会も開催し、「本草学」を普及させた

全部、18世紀の鎖国真っ最中の江戸でやっていたんです。 ……本気でやりすぎ!と思いますよね?

「江戸のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と呼ぶにふさわしい理由

科学、発明、薬草、本草学、鉱山、陶器、芸術…… 源内が手がけた分野はまさに多才のかたまり。

ひとつの道を極めるだけでも難しいのに、 いくつも同時に、しかも第一人者レベルで挑戦していたのです。

だからこそ、彼は「江戸のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と呼ばれるのも納得。

でも、すごさはそれだけではありません。 源内が本当にすごいのは、「知っている」で終わらなかったこと

たとえば、エレキテル。 ただ西洋の文献を読んだだけでなく、壊れた装置を自分で直し、 さらに人前で「ビリッとくる不思議な体験」を実演してみせたのです。

知識を頭の中にしまい込むのではなく、 体験として届け、感動させた──そこに源内の真骨頂がありました。

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男色小説と美少年への“推し”──文化人・源内のもうひとつの顔

えっ、そんな本まで書いてたの?意外すぎる源内のペンの才能

発明や植物の知識だけでもすごいのに、平賀源内は文学・演劇・出版活動でも大活躍。 しかもそのジャンルが……びっくりするほどクセが強いんです。

1763年に出した小説『根南志具佐(ねなしぐさ)』。 「えっ、地獄の閻魔大王が“美少年”に恋しちゃう!?」というストーリーで、 その美少年というのが人気女形歌舞伎役者の瀬川菊之丞(せがわ きくのじょう)

林檎の園
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源内は瀬川菊之丞に夢中で、愛情たっぷりに物語を描いています。

江戸で“男色文化”が当たり前だったって本当?

江戸時代には「男色(なんしょく)」と呼ばれる文化があって、 武士も町人も、年上と若者の関係や「陰間(かげま)」という若い男性が接客する茶屋もありました。

源内はその世界にも深く関わり、『江戸男色細見』(陰間茶屋ガイド)なども書いています。

耽美と風刺のバランスが絶妙!ただの“エロ本”じゃないんです

現代のBLとは違うけれど、源内の作品には耽美な描写と人間の感情が丁寧に描かれているんです。

しかも裏には当時の社会や政治への風刺が隠れていたりして、ただの恋愛モノじゃない、奥深い作品です。

つまり、源内は

  • 耽美な“美少年愛”を描きながら
  • 江戸の多様な性愛文化をリアルに伝え
  • それでいて社会批判もしちゃう、すごい文化人

まさに文学で“推し”を表現していた文化人だったんですね。

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波乱の人生と、静かすぎる終幕

理想を追いすぎた男の、少し苦しい晩年

好きなことにまっすぐすぎた人──それが、晩年の平賀源内。
発明、出版、演出……そのすべてに情熱を注いでいた反面、資金難や周囲との衝突も増えていきました。

史料によると、このころの源内は精神的に不安定だったとも言われ、 癇癪を起こしたり、奇行が目立っていたという説もあります。

「町人斬り事件」──記録に残る最後の騒動

1779年、源内は自宅修理をめぐって町人と口論となり、刃物で相手を傷つけたとして捕縛されます。
この事件については史料によって違いがあり、

  • 町人を斬りつけて死なせたとする説
  • 大工2人を傷つけたという説
  • 酒に酔っていた、被害妄想があったなどの精神的背景を指摘する説

いずれも記録が不明確で、事件の真相は今も謎のままです。
ただ、これがきっかけで源内は牢に入れられ、出ることはありませんでした。

獄中で、静かに──そして、ちょっとさみしく

翌1780年、源内は牢の中で破傷風を発症し、52歳で死去します。
家族もおらず、晩年は孤独だったとも言われています。

遺体の扱いについても説が分かれており、

  • 杉田玄白らが遺体を引き取り、葬儀を行ったという説
  • 獄死したため遺体は引き取れず、空の葬儀が行われたとする説

いずれにしても、のちに杉田玄白が「非常の人」と刻んだ墓碑を建て、 彼の功績と生きざまを静かに称えたのです。

それはきっと──「変わり者だった」ではなく、「常識を超え、ひとつの時代を駆け抜けた自由な人だった」という尊敬の言葉だったのかもしれません。

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平賀源内をめぐる“今”──記念館と再評価の広がり

源内に会える場所があるんです!

歴史上の人物って、ちょっと遠い存在に思えますよね。 でも平賀源内は、実際に「そこ」に行けばその世界に触れられるんです。

香川県さぬき市には、平賀源内の旧邸跡に作られた「平賀源内記念館」があります。

ここでは、次のような展示や体験ができます。

  • エレキテル(静電気発生装置)の復元模型と、実際に静電気を体験できるコーナー
  • 源内が描いた絵や自筆原稿、薬草に関する資料
  • 本草学の詳しい解説
  • 「源内博士認定」など、クイズ形式で学べる参加型コーナー
  • 10分の映像「源内奇才劇場」で彼の人生をたどる

この記念館は、小中学生から大人まで楽しめる「学んで体験する場」として好評です。

「江戸のダ・ヴィンチ」「BL文化の伝え手」として再評価中!

近年、平賀源内の多才さや文化的関心が再び注目を集めています。

  • 発明・本草学・文学・美術といった、さまざまな分野に才能を発揮したオールラウンダー
  • 男色文化を素材にした文学作品を通じて、江戸時代の性の多様性を学ぶ文化資料としての意義
  • そして「江戸のレオナルド・ダ・ヴィンチ」として紹介されることも増えてきました。

さらに、LGBTQやジェンダーの歴史を考える上でも、 源内の作品や生きざまは注目される存在になっています。

林檎の園
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つまり平賀源内は、科学・文化・多様性をつないだ「文化の交差点」のような人です。

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